Shingo Tokihiroのおしゃれ旅情

第一回
9月の名残りに
青女月、最後の雨の彼方に望月は笑う

 4年ぶりに三重県を訪れた9月の終わりのころ。鈴鹿という場所での仕事が終わったあと、ホテルから陶芸家、高山光さんに電話をかける。かつて、私のコレクションのために陶器の帽子と言おうか兜を創作していただいたことがある。そのアトリエは静かな田園と鄙びた風景のうちに存在していて、なんともいえない日本の情感が漂う世界にある。丁度、日曜日に月見の会を催すとか。「雨天でもやります」との氏の言葉を聞きながら、私は鈍色の空を思い出すように見上げていた。

近鉄線の伊勢中川という駅に氏は迎えにきておられ、アトリエに向かうころには、雨脚は秋色の田園風景を少年の弾む息のように強弱をもって流れていた。白と薄桃色のコスモスが雫を音楽のように纏っている。登り窯、陶芸教室の建物、ガス窯、轆轤のある部屋に民家風のアトリエ兼展示室が、ゆったりと配置され前庭にはテントの用意がされていた。

聞けばここで地元の和太鼓のグループが演奏するのだとか。アトリエの床の間には「唯」の一文字を一気呵成に書いた掛け軸と、ススキ、ワレモコウなどの秋草を活けた鶴首の花瓶に、かわいらしい兎や松茸、里芋を模した和菓子をのせた三方。それらの凛としたあしらいを眺めながら、聞こえてくる雨音。秋のしめやかな侘しさが、客の集うひと時の空間にあふれて一人私は、準備にかいがいしく動く陶房の人々の声を懐かしい夢のように、あるいは風のようによそよそしく聞き流している。弱い雨の中で、用水路の細い流れにいくつもの彼岸花を投げ入れながら私は見知らぬ人たちの魂の平安を祈っていた。これから咲こうとするもの、今を盛りと咲くもの、すでに色あせ朽ちたものも私は自由に折っては投げ入れた。華は何も言わず落ちてゆき流れのままに不釣合いな紅が悲しく美しかった。あの時私は神だったのか、人間だったのか、それとも運命だったろうか。

夜   雨は風を連れてますます激しく降った。集まった人たちの温かい心で時間は小舟のように歌いながらすすんでいく。私は知っていた。この夜、月は確かに雨雲をうっとりと照らしながら笑っていたことを。

  三重県一志郡白山町三ヶ野そば山 白山窯にて