Shingo Tokihiroのおしゃれ旅情

第三回
龍潜月 二題

母という鏡、友という舟に歌う

 「年をとって、経済力がないのは惨めよ。あなたも四十を過ぎて夢ばかり見てないで・・・」山口の実家での展示会のため帰郷した夜。母は呪文のように語り始める。他人ではないが為に一層、その言葉は愛情という名の押し付けがましさを孕んで私の心を暗くする。雑然としたダイニングの椅子に座って私を生んだ、今は75年の年月を生きた一人の女性の人生を思っていた。若き日に父と出会って店を構え、その努力あって店を拡張して地域一番店と呼ばれる高級ブティクとなった。

 しかし、今は。かつてのメインストリートは郊外の大型店に客を奪われ、見る影もないほどに落ちぶれている。母はまだ、昔の輝かしい時代の苦労と成功を語りつづけている。

私は訊ねてみたかった。「母さん、あなたは子どもを生むことの意味をどれほど深く感じていましたか。あなたの人生に、子どもである私の存在が本当に必要だったのですか。あなたの夢の中では仕事の成功と子どもとどちらが欲しかったのでしょうか。」一生この問いを母親にせず。生まれてしまった私にとって永遠の疑問として生き続けてゆくのだ。

  年齢よりも10歳は若く見える。それが、彼女の人生の称号なのだ。強く、負けず嫌いで、誇り高く、饒舌で目立つことが好きで、孤独な人。夢に生きた母がいた。世の常識の中で、世の名声を得ようと必死に生きてきた。そうして、世の常識ではなく、変わらないものを求めるあなたの息子がいる。親が理解できない子が生まれた。子もまた夢に生きている。生きつづけようとしている。母は自分の喋りたい事を語り尽くすと「お母さんは明日早いから寝ますよ。」と、締めくくりのせりふを残して寝室へ。

かあさん           ありがとう

 上京したのが、高校を卒業してからだから、もう28年が過ぎたことになる。私の名を入れた展示会の広告が新聞に掲載されたためか、懐かしい友人達から連絡が入った。その一人、板垣良行君(私は昔から人を呼び捨てにしたことがない)は八百屋を経営する傍ら、趣味の長州鍔の収集が昂じて研究会まで主宰している。今まで関心さえなかった刀の鍔の意匠に隠された意味や、内容の深さは儒教、朱子学、陰陽道などの宗教、哲学はいうに及ばず、中国の故事から日本の古典を題材にとり、さらに作者独自の遊び心が加わって、そのバリエーションはデザイナーの立場からも大変興味をそそられるものだった。狂言や元禄の頃の着物の驚くような大胆な模様に柄ゆき。鍔にもそれらに通じる世界があることを教えられた。単なる昔話だけではない。芸術を通して、今、彼と話ができることを何よりも嬉しく感じている。その彼が連れて行ってくれたのが、懐石料理 春駒亭のオーナーであり、料理長でもある真鍋正彦君の店。旅館であった実家を改装したそうだが、夫人のさり気ない草花のあしらいが嫌味なく、料亭のセンスのよさを感じさせている。

 真鍋君は今では地方局だが毎週テレビ出演するほどに、有名人になっているという。高校時代、陸上部でただひたすらグラウンドを走っていた寡黙な印象しかないない彼。果たして会ってみると背の高さはそのままでも、恰幅の良い精悍な実業家になっていて、一瞬、たじろいた。けれど三人で話し始めると28年の時間が嘘のように解けてゆくのがわかる。会話の中でも彼らを昔のように君付けでよんだ。帰郷といっても仕事のため、プレッシャーは他人の元でやるよりきつい。家の者の期待もあるのだ。だからこそ、この夜は、懐かしく、青臭い時代の自分に戻れた。あの時の素の自分だったと思う。よく喋った、よく笑った。28年目にして初めて知ったこともあった。私は友情という渚に座っていた。彼らの声も自分の声さえも快い潮風だった。彼らの温かい気持ちはゆっくりと波をかきわけて向かってくる美しい小舟。立ち上がりながら、月の光の海路をやってくるその舟に向かって私は歩いてゆく。

山口県宇部市・小野田市



笑いかける雲に

 窓を開けると雪崩落ちる紅葉の滝。風邪気味の私はうらうらとソファに横になったまま逝く秋をながめている。嘘のように澄みきった青い空、走ってゆく雲。そのいさぎよい純白の白。止まらない咳とまとわりつく微熱に嫌気をさしながら、何かを求めるように空を仰ぐ。薄くなったり、濃くなったり、ちぎれて、集まって広がって・・・・。雲をいろいろなものに、なぞらえてゆく。

 アレッ?あの雲こっちを向いている。道化師がホラ、笑いながら、でんぐり返りをして。こっちの空でも軽業師が何度もバクテンしてこちらを見ている。応援してくれているの?わたしを。

 子どものように思わず手を振った。無邪気に嬉しくて笑った。ありがとう、大空を行く優しい旅人たちよ。友よ。

 「もう、紅葉も盛りが過ぎてしまいましたね。でも、この部屋は雪景色もまた格別なんですよ。」と、宿の者がいう。

 私は今一度視線を落として、少しすすけ始めた紅葉の崖を見やる。時の残酷さと優しさが在った。眼を閉じた。聞こえてくる瀬音は何処へ何を運んでゆくのだろう。うっとりと私は眠りへと落ちていった。故郷の夢を見る。夜汽車の汽笛が夜空を震わせていた、私の愛した小さな町を。

福島県福島市土湯温泉にて