Shingo Tokihiroのおしゃれ旅情

第五回
夢の飛び石

 外は梅雨のはじまりの雨がしずかに降っている。しばらく、この旅情を書きおくことができずにいた。そのあいだに出会った美しい情景の記憶をこれからたどっていこう。風のようにながれてくる時のかおりにのって。

空三題

 うとうととまどろんで、ゆっくりと目をひらいてみるとそこは白銀の雲の海。純潔の白い光輝の世界だった。そのはるかかなた蒼い富士山が嘘のようにあたたかい稜線をみせている。視線をおとせば白馬、槍ヶ岳、穂高などアルプスの山々を真下にみおろしながら、この国のうつくしさをおもう。富山への講演旅行だった。地上、非情さと愛と苦しみに歓びの現実。小さな箱に乗ってわたしは、あの現実を離れ天使のように目の前のはかない夢の白いせかいで踊る。自由。雲の峰。誰もいない私だけの、だれにも邪魔されない。だれも奪うことのできない私の自由。忙しさの中で忘れていた尊いなにかがすがたを現してくる。やがて雲間に見える命の緑の諧調それから迎え入れるような海の青。残酷な時間。その束縛から一瞬でも解放されたひととき。人でもなく、まして男でも女でもなく老いも若さも関係ない、ただ生命であった。 だから、再び地上に戻らなければならないのだろう。命ある限り。悲しみと策略がうずまき、勇気と希望がそれでも絶えることのない世界に。 

 機はゆっくり私の魂と肉体を現実へと連れてゆく。

(水無月)


 幼い頃に観たメリーポピンズ、黛ジュンの雲に乗りたい、宮崎駿の天空の城ラピュタ。雲にたいする憧れはだれもが心に抱くのではないだろうか。

 飛行機はグングン高度をあげてゆく。曇天の雲をつきぬけ、さらにさらに上へ。眼下ではただの灰色のくもが、奇岩の柱のように立ち並んでその変化は決して地上では予想することもできないだろう。と思うあいだも上りつづける飛行機。それに比例するようにこころは幼くなってゆくのがわかる。

 飛行機が落ちるのが怖いという人もいるが、あまり生に執着しない私は、その時はそのときと案外気軽に考えている。このところ、飛行機の移動がつづいているので、とても嬉しい。単純にうれしい。鳥になった気分?いいえ、もっとちがったもの。天使?そんなにロマンティックでもなく、やはり少年というべきだろう。この世の複雑さも知らず無垢な単純なこころは、動物より植物にちかいかもしれない。「明るい方へ 明るい方へ」と詩人金子みすずは詠んだけれど、的確なその表現はひとの本質までとどくものがある。下ではもう雨か、宵闇がつつんでいるだろうけれども、ここでは未だ夕日が落ちきらずに、紅光の筆で雲の原野に山に丘に城に神のみ解く事のできる文字をかいている。となりの乗客は疲れがたまっているのだろう。頭をこちらに傾けながら深い眠りに落ちている。それさえも目の前で展開する壮大な、永遠に一度だけのスペクタクルを私だけが知っているという優越感を感じる要素でしかない。

 いつどこでも自分の世界に浸りきれること、一種の得意技のわたしにとって飛行機の旅は、特別な意味をもっている。とはいってもふだんは通路側の席をとるところ、窓際に席をとったのはなにかの直感だったろうか。見る間にこの球体の空にも夜が星を連れてやってきた。まわりがインク色におちてきた空にさきっぽがかすかなピンクをのこした雲の塔がみえる。こどものわたしはその塔にあいさつしていた。「さようなら、またあした!」 

(皐月)


 福井の鯖江から小松まで、早朝電車に乗り込んで空港へ、まだ昨日までの展示会の疲れがからだをめぐっている。今回はスーパーシートを用意してもらった。東京での自分のコレクションを終えるや否や展示会で、その翌日は12月の舞台の打ち合わせとスケジュールをこなしてゆく。雲間をつきぬけて蒼天へと機は踊り出た。はるかな雲海をまどろみのなかで眺めやりながら、ふと傍らの席の客を見た。一体どうしたのだろう?気の利いたブレザーの初老の男性。ダンディとまではいかなくても生活には余裕がありそうな雰囲気。それなのに、靴をぬいで足を組み、いいえ、それどころか長くもない足を目の前のかべに体操よろしくいっぱいに伸ばしているのだった。朝食のときも足をこちらに向けて隣の人間の気持ちなど考えもしない傲慢さ。向こうの席では、自分の前を通り過ぎようとした客をここは通路じゃないぞ!と怒鳴りつけている。お金があるから品があるとは限らない、むしろ、その逆の方が多いのだろうか。かれらの姿を垣間見て昔から、「お里が知れる」という言葉を思い起こすのだった。窓外はゆっくりと雲が流れている。あの純白の雲海とあこがれのような青い空に聖性を感じながら、決してそこへいけない真実。この空とぶ金属の箱のなかに満ちるもやのような堕落性をいやでも呼吸しなければならない現実。その息苦しさが当然のようにアナウンスは着陸の近づいたことを機械的に知らせている。あの重力に逆らった世界で彼らと私は同じ時間を共有したのだろうか。波のようにおしよせる時のうねり。空のたびはそれを忘れさせてくれる。