Shingo Tokihiroのおしゃれ旅情

第十三回
建辰月までのゆるやかな路

 私の友人たちが、「時広は一体どこへ行こうとしているのだろう。」とある時話題になったそうです。心配してではなく、捉えどころのない私への興味なのでしょう。私自身はその答えを知っています。2003年を越え、今は木瓜、梅、椿の花が咲き、沈丁花の甘い香りが家々とひとびとの間を流れゆくこの季節までのしばらくの旅。時間の順序を無視して思い出すままに点描していきます。

マニラよ


スペインの統治時代に為政者であるスペイン人たちが住んだ特別区にある庭園。かつては堀に囲まれ他の地域とは隔絶していた。静かでエレガントなヨーロッパの貴族社会を彷彿とさせるフィリピンの中のスペインであったのだろう。


ワークショップのスナップ

 思い出すのはいつも彼らの人なつっこい温もりと笑顔そして貧困。スタッフ塾海外版で私たちはフィリピンのマニラに来ていた。ホテルはもちろん、コンビニエンスストアに行った時も、レストランに行った時も入り口には機関銃を持ったガードマンが立っている。店内は明るく、豊かな品々、美味な料理。外は暗く貧しく飢えた子ども達が、こちらを見ている。ガラス一枚で遮断された二つの世界。ホテルの朝食。日本人も含めた外国人の中高年の男達と食事をしているフィリピンの若い女の子達。その不自然な光景に貧困という文字がまとわりついている。駅の階段で行き倒れの痩せ細ったホームレス。その目は悲しそうに、いいえ 何の感情もなく虚空をみている。かたわらを通り過ぎる人は彼がまるで存在しないかのごとく通り過ぎてゆく。私は日本の豊かさを思う。日本のホームレスは人権を叫び保護を要求する。だが、ここではそれ以前に国自体が貧しいという現実がある。あのホームレスに漂っていた死。あれほどの凄まじい貧しさが存在している事実。心に火傷をおったように自分はこの世界に何ができるのだろう。何ができるのだろうと繰り返し自問する自分がいた。スペインに450年、日本軍に15年、アメリカに25年統治されてきたこの国の運命は。出会った人々は明るく、若者達は未来に希望をもっている。それはどの国の若い世代にも共通の「純粋さ」でもあったと思う。ワークショップの最後に日本の布地とフィリピンのバナナの繊維の布で、過去と未来へのメッセージを綴った衣裳を受講者全員で制作した。それが今、私ができることだったから。パターンをつくり、カットし、縫製する彼らの姿を私は祈る思いでみつめていた。この国の幸せな未来を信じながら、私自身衣裳デザイナーとしてここにいることを感謝しながら。

空を見下ろす


マニラでのワークショップから
 いつまでも、白と蒼の世界。雪の山道、高原、霧、滝、子どもたち、川、砂漠、嘘、丘、町、森。全てが雲の世界にある。見える。

 時折、島が見えるが、日本とは違う深く熱をもった緑。ぐるりとあれは珊瑚礁なのか、朝の始まりの淡い緑色をしている。海が空に、空が海に、私は逆さまに飛んでいるのではないかという軽いめまいのような錯覚をおぼえる。いつもは見上げる雲たちを今は見下ろしているのだから。

 島に住んでいる人間の場所なんか、ほんのわずかで圧倒的な自然の量。もちろん、ここから人の姿など見えるはずもない。そんな存在。

 その人間がこの巨大な自然を、星を何度も破壊できる力をもっている傲慢。純白と光と澄んだ青の世界に、私は知らず神を探そうとしていた。

クアラルンプールに向かう機上で

妖精の世界で


1月ワークショップで訪れた際、宿泊したホテルの部屋からみえたペトロナス ツインタワー
 目覚めると、天井のファンがゆっくりまわる大きな部屋でした。天井までとどく二枚の鏡が寝ている自分を映しています。聞こえてくるのはコーランの読経の声。リビングを通り抜けてテラスへ。そには緑の葉だけの南洋植物が、鉢を覆い隠すほどに葉を茂らせています。シフォンのような朝風に、太陽と水蒸気に薄靄のかかった谷あいの家々。突然、静寂を切る聞き覚えのない南の鳥の声。

 六月、マレーシアの首都、クアラルンプール(KL)で上演される舞台「RASHOMON」のメインキャストの衣裳デザインを依頼され、一月につづき再びKLにきました。ワークショップで私の作品集を見た受講生が、プロデューサーに連絡しあっという間に決まってしまったのです。

 ホテルではなく、プロデューサーのレジデンスに滞在しています。谷のそこをハイウェイが走り、両側に高級住宅地の一角が広がります。夜になればここからの眺めはまるで妖精の世界。向かいの小山のむこうには世界第一の高さを誇っていたペトロナス・ツインタワーがその王宮のようにみえるのです。現地の人の生活空間に身をおくことで異国情緒はより深く感じます。彼らはまだ休んでいて、私は冷たいオレンジジュースをグラスについで、ただ 朝を感じています。ゆっくりと、大きくな深呼吸(日本では久しく忘れていた)と同時に、心にコトリと音がして私は大きな何かへと想いが向かっていくのがわかります。


 人は好むと好まざるとに関わらず時代の侵食をうけて生きている。年をとるとはそういうことなのでしょうか。侵蝕されていくものと残るもの。永遠とは。美の神に捧げようと生きた自分が永遠から始まったのなら、気づかない永遠性がこの身にも備わっているのでしょうか。では、病いや戦争、飢えやありとあらゆる不慮の事故でなくなる亡くなっていく人々にも永遠性があるはずです。ひとの生命って何?生まれるって何?死ぬって何?

 目の前のあまりに平和な風景とわたし。この瞬間にも世界で誰かが。

 心が敏感になってきて美しいものも哀しいことも、青いシミをつくります。さあ、プールでひと泳ぎして優しくなりすぎた心に力を与えましょう。太陽は靄を強い陽射しで蹴散らし始めました。時の隙間にふと現われたもう一人の時広です。

 無数のちぎれ雲が、夕日に導かれていくように、求めていくように見えます。マニラからクアラルンプールへ向かう飛行機の中。1月3日から10日まで滞在したマニラでの時間と空間。初めての国と街に混乱していた私が、今はたくさんの温もりの思い出と全てが親しみに満ちた笑顔を携えて新しい国へ向かっています。人が人としてあるきっかけで繋ぐ絆。現実の世界を思い幸福を祈ろうとする私が、フッと実感を失うのです。この旅は息をしている現実の世界を知らせます。

 変わる変わらない。

 マニラ。人ごみの中、淀んだ川と饐えてた匂い。紅に染め抜いたマニラ湾の夕日と海の色。ワークショップを受講するメンバーの懸命な顔、金をせびる子供たちのしたたかな顔つき、激しい貧富の差。雲の中をゆき視界のきかない窓を眺めながらあてどなく思い出します。私という人間の在り様を。私はこの国を再び訪れるのでしょうか。私は感謝する“祈る”ことを知る弱い人間であることを。この世界に私ができるささやかなこと。あの国は日本以外の世界を実感させてくれたのです。

クアラルンプール、バングサル近く友人のテラスで