Shingo Tokihiroのおしゃれ旅情

第十五回
故郷の浜辺で


遠浅の海と兄妹
 家族三人揃ってはじめて、故郷に帰りました。ある日、兄が海へ連れて行ってくれました。岐波の海と呼んでいた遠浅の海は今も変わりません。干潮のときだったのでしょうか、波打ち際の白い煌くにたどり着くには結構な距離です。テントとパラソルをしたて、兄は早速冷たいビール。私といえば自分自身が子供に戻って海を目指します。子どもを腕に抱いて。日輪は中天にかかり始め、砂は焼けて、水溜りはお風呂状態です。満潮時には波のしたの世界が、太陽にきらきらとその姿を見せています。ある場所は、一面小さな巻貝で埋め尽くされていたり、過ぎ去った波の線の形をなぞるように貝たちがならんでいたり、風紋のような砂地、小蟹たちの無数のあながあちこちあいて、あまりに激しい太陽の光の矢を避けて地中に潜んでいます。郷愁とわが子という今を一つ身に感じながら、打ち寄せてくる波のむこうの明るみからくる潮風をうけていました。

 昼食もすんで、みんなはテントの下で午睡をたのしんでいる。聞こえるのは松風と蝉の声でも静かに感じる不思議さ。私は椅子に座って沖合いをただ眺めています。数えるほどの人影が右に左に動いて・・・。ふとモンゴメリーの「足長小父さん」のなかで、主人公のジルーシャ アボットがジャービス ペンドル氏の避暑地への誘いを断って友人の家で休暇をとったことを思い出しました。彼女は、はじめてみる美しい海岸に感動していましたっけ。あの物語を読んだのが36年前。それがなぜか急に甦ってきます。

 向こうから、兄と妹が歩いてきます。そちらに心が動いてカメラを向けました。二人はハーフでした。多分バケーションで来ているのでショウ。浜辺で遊びつかれたのか、わがままを言っている妹をなだめすかしながらも兄の表情は優しく、妹の肩に手をおいて。通い合う兄妹のこころ。なんだが、映画の1シーンを見ているようで、心の固まっていた部分がカラリとはずれた夏の普段の昼下がりでした。

(山口県:宇部市)