Shingo Tokihiroのおしゃれ旅情

第十九回
以前にも紹介した携帯の旅メールの中から心に残る四題

童話の世界の


藤本吉利・容子夫妻の結婚20周年を私の衣装で
 世田谷の小さな我が家に帰る道すがら起きたこと。大きな道を折れて、建売住宅が片寄せ合う路地を歩いていました。いつものチロル風の双子のような家の傍を通ながら、月光が作る自分の影に気づき、ふと見上げた夜空と冴えた月。家の急斜面の屋根を青い光が流れ落ちるようでした。でもなんだか、その光はボオとして、私の体はあわ立つように感じた瞬間・・・。私は19世紀の初頭のロンドンの路地に立っていました。幸せの王子が書かれた時代に一瞬でワープしたのです。混乱しながらも足を進めていく中で自然と醒めていきましたが、白昼夢ならぬ月に幻惑させられた一瞬でした。疲れてる?現実と虚構の境のない入り口。私は別の世界の入り口近くを歩いていたのかも知れません。作り話ではありません。

(11月 東京)

* 今もこの道をとおりますが、あの引き込まれる感覚は恐怖の方が強いです。


阿呆の桧舞台


リア王最後の舞台の名古屋能楽堂
 昨夜、日本海に浮かんでいた貨物船の灯りが夢の中の花束みたいに心に残っています。気がつけば、人の誕生より死に出会うことが多い年齢になりました。眉毛に白髪があらわれて、神様は私の老いにこんな姿を用意しておられたのかと。狂い始めたリア王が影法師たちに「赤ん坊が生まれて泣くのは、この阿呆の檜舞台に引きずり出されたからだ。」という科白があります。サルトルはわれわれは自由の刑に処せられているとも。この頃出会う人たちは、それぞれに波乱の人生を乗り越えてきている。生き抜く価値観を実感しています。新潟は今日も曇り、美と力、希望にこころが向いています。

(11月 新潟)

* ホテルの窓から見た遠くの船の甲板一杯に灯されたあの明かりは北の国の星もない夜の海にまさしく咲いた光の花束でした。


静かな帰京

新潟・佐渡の鼓童のメンバーたちと
 11泊最後の新潟の夜。心は不思議に落ち着いています。ずっと眺めてきたこの町の夜景。窓越しに寄れば群雲に上弦の月。本当にいろいろあった時間でした。明日から東京での怒涛の9日間、それからリア王本番直前の新潟へ再び。とりとめもなく町灯りを見ながら、この土地との縁を思う。なんだが、未来が微笑みながら、さあ、ゆきましょうと手を差し伸べている気がします。このような身に。感謝です。

(12月 新潟)


ながれゆく年の終わりに

 今夜の月はほっかりと温かく緩やかな丸みを帯びていて、この年に起きた葛藤や苦悩、悲しみを夢のように包み込んで過去へ運び去ってくれるようです。世界に散らばるを友人達の様子を月はその身を鏡として映し出してくれます。笑いより涙が多かったこの星の一年が終ろうとしています。巡りくる新しい年が、美と調和と平和を携えて訪れますように。今は美しい出会いだけが春の詩のように思い出されます。

(12月 東京)