Shingo Tokihiroのおしゃれ旅情

第二十回
空も心も春の懐に


白銀の浅間山を望む


2006年8月27日から3ヶ月間開催される「時広真吾舞台衣裳展」会場・原村立八ヶ岳美術館(長野県・原村)

 故郷での展示会は冷たい雨での幕開きでした。人通りの極端に少ない通りを見つめながら、心は揺れていました。売上?もちろんそれもあります。と、同時に私が少年だった頃、休日には真っ直ぐに歩くことができないほどに、人々で賑わっていたのが、まるで嘘のような現実。家業は兄が継いでいますが、本当によくやっていると頭が下がる思いです。その兄は新しい街づくり活動の中心の一人となって毎日を送っているのですが、傍目にみていても、地道な努力なくしては何事もならないと、知らされるのです。それがどれほどの忍耐を必要とするものかも。雨は降り続きます。やがて、雪になるのでしょう。

 夜、母は自分達が始めて念願の店を持ったときの事を、まるで昨日のことように生き生きと話すのでした。「お父さんとやっと持った店の開店日。雨だったのよ。お母さんは道まで出ていってね。知り合いの人を見つけてはお店に呼び込んだのよ。」若い父と母がいました。独立して、何としても成功させたいと情熱に溢れた若い夫婦。環境に左右されず、自分から常に開拓していった母の姿がそこにありました。雨は雪に変わって、時間のように全ての上に積もっています。静にしずかに。子供たちは、その頃の父と母の年齢を越えて“今”という時間を生きています。父を送り、少しずつ、思い出と同居していく時間が多くなってゆく母親の姿を目の当たりに見ながら、「親は死んでも親、そして子どもは子ども」の言葉を想う。自分もまた一人の子の親であることを神様に妻に感謝するのです。

 母に本棚から見つけた時間を経たヘルマン ヘッセの詩集から

「ほのかな雲」

ひとひらの、細い、白い、
ひとひらの、穏やかな、ほのかな雲が
風に吹かれて青ぞらをゆく。
目を伏せて、感じるがいい、
喜びに満たされたあの雲が、
その白い涼しさで、おまえの夢の中を過ぎてゆくのを。(訳 尾崎喜八)

中学生のときに出会ったヘッセが、私の原点のひとつでもあるのです。

(宇部:山口県)