Shingo Tokihiroのおしゃれ旅情

第三十六回
2006年の美しかったもの

 この原稿を書いている時点では、新しい年になってまだ19日目。それなのに随分と時が過ぎてしまったような気がしています。薄れゆく記憶を探りながら心に残る美しい情景を「写真」の解説をしながら思い起こしていきましょう。


【1】 徳島は眉山山頂から内陸部の山々を眺めやるとき、冬近い空の雲は薄く向こうの山の稜線を、或いは谷を巡り吹き上げてくる風は私を包み込んですでに新しい年へと連れて行こうとするかのようでした。
(撮影:内藤順子)。

12月【2】桜花は既に東京では散っていましたが、ここ敦賀はそのときが真っ盛り、名前さえ忘れたその神社の境内のなだれ落ちるような枝垂桜の只中に身をおけば、目の前の湖を渡ってやってくるという山の男神を心待ちにする社にまつられている女神の熱い息づかいを感じました。

4月【3】カナダのダンスフェスティバルの楽屋で出会ったパフォーマーの一人。その彫りの深い顔立ちを見た時<白人の美しさ>を、実感させられました。鼻が高く色白で柔らかく波打つ髪・・・・。どんなに近づこうとしても所詮オリジナルには叶わない。それより東洋人の美しさ、自分たちの美しさを再認識すべきと。(因みにかれは自分を美しいとは考えてもしない心優しい好青年でした)。

2月【4】ルーマニア・クライオーヴァの国立劇場の楽屋で、衣装の準備をする私たちの手助けをしてくれた彼ら。事務的でも、義務的でもなく(このことは都会のブカレストにいった時にその差をはっきりとしらされることになりました)。興味津津にしかも温かい気持ちで、心の交流ができた忘れられない美しい時間でした。

5月【5】私の新しい出発への自信と勇気を与えてくれた国民文化祭:山口、美術工芸部門のステージパフォーマンス<生命の献華>。場面は美術工芸の8作品を美の女神へ捧げるべく、神殿への道を巡っているところ。私の心情を癒し、透明にしてくれました。

11月【6】この写真は07年の一月のもの。徳島県美馬市木屋平字貢。奈良時代から標高1000メートルを超える山頂付近に集落をもって、天皇家が神事に使用する麻を栽培してきた阿波忌部の郷。かつては山々に点在する民とほら貝で合図をし合っていたというその場所は。不思議な気を感じさせた場所であったのです。一緒に写っているのは阿波忌部の末裔のお一人三木信夫氏。この時は強風、雨、雪そして最後は春のような光に包まれるという不思議な天候でした。

'07 1月【7】これは10年以上前にミラノを訪れたとき、スカラ座のとなりで丁度、映画監督、オペラの演出家であるフランコ ゼッフィレリ監督の映画の舞台衣装展をしていたのです。私のコスチュームのデザインに少なからず影響を与えたその衣装を直に見ることが出来ることに何かしらの縁を感じずにはいられませんでした。写っている作品は<BROTHER SUN and SISTER MOON>のフランチェスコの父親、司祭、クララの衣装、奥は法王のガウンです。やはり、ヨーロッパの歴史からくる衣装は日本人には中々デザインできないのではないだろうかというのが、正直な印象でした。冬


 巡礼が多くの聖地を巡るたび、清らかな水を救い上げるように美しい出会いを自分の生きる糧としたように、今年もまた多くを旅していきます。もしかしたら、この旅情を読んで下さっている人とそうとは知らずにすれ違っているかもしれませんね。新しい旅、すでに始まっています。今年もどうぞ、宜しく。 最後に5月に出版予定の作品集<世界>の巻頭に記す詩[ 船出 ]を載せて、2007年、おしゃれ旅情の始まりとします。

船出

貝殻の舟に乗ってまどろんでいた
星空を映した海
この海の色が真実の碧と知らずに涙していた
どこからから吹いてきた風が落としていった
夢のかけらは知らない土の香りがする
私の心を傷つけた銀の月が歌う黄金の歌よ
私を蒼く濡らし、虹の希望を呼び起こす声を聴きながら瞳はアメジストの色に変わる

夜明けを告げる祈りの声は薔薇色の雲に乗ってやってきて、
空と海を一つにした大輪の華を咲かせてゆく
やがて昇りくる太陽を道しるべとして旅立とう
岸では過去の7人の私が懐かしい歌をうたって現在(いま)の私の新しい旅を祝福している

光と戯れる未来の波たちが真っ直ぐに美しい海路を指し示しながら微笑む
私の口から出る歌は自分も聞いたことのない調べで
詞のひとつひとつが花となって空へ飛んでゆく
「春の歌」 そう誰かが囁く
溢れてくる希望の力よ、生命よ
愛されるのではなく、愛するために船出しよう
私が櫂を漕ぐ回数だけ平和が広がっていくように
世界よ 永遠の調和よ
と祈りながら

                  中空 一