Shingo Tokihiroのおしゃれ旅情

第四十二回
祈りと灯火と歌の華

本堂の観音菩薩の御前のステージでのリハーサル風景 ボランティアのメンバーたちによって、広大な境内に無数の灯火の準備がなされていく
 残暑というには暑すぎる夏が待っていた京都。目的は滋賀の石山寺で催される[源氏物語 1000年]一年前のプレイベントとして、9月の22日・23日と様々なイベントが繰り広げられました。その中でシンガーの松田美緒さんが本堂で歌うことになり、その衣装を担当することに。思えば、彼女との初めての仕事も京都・青蓮院の740年ぶりの[光]の梵字のご本尊御開帳の奉納コンサートでした。今回、彼女が着るのは[春の女神]と名づけたドレス。そこには死から蘇ってくる生命の歓びが表現されています。そして、そのドレスに一目惚れした彼女は着る機会もないのに求めてしまったのです。その典雅な手織りの佐賀錦をアップリケした贅沢なドレスを着るにふさわしい場所を得て、今回の登場となりました。伴奏者二人は舞い散る雪を感じさせる白い綸子のシャツ。彼女が登場した途端、会場から「ワァーッ」と喚声が上ったのは、聴衆は簡単なコンサートだから、普通の女の子のスタイルと思っていたのでしょう。その予想が嬉しく裏切られた・・・ということでしょうか。

 石山寺の御仏はどのお顔も優しく、美しい。名前ばかりを幼いころから聞いていたこの寺に、私自身もこのような形で訪れることができたことを幸いに思うのです。紫式部が「源氏物語」を綴ったであろう部屋は本堂に建物の中にありました。夕暮れに何十人ものボランティアたちが、広い伽藍のあちらこちらに無数といえるほど置かれた蝋燭に灯をともしてゆきます。昼間の暑さがゆるやかに周囲の森に吸い込まれていく頃。コンサートは始まりました。

 「人のためではない、御仏に捧げるために。このコンサートを祈りとして捧げたい」という思いは、松田さんも私も同じでした。同じ時間に他の場所でもイベントをしているために、「もしかしてお客が来ないかもしれない。」という心配も私たちには問題の外でした。衣装の後見として手伝った私は、コンサートの間、本堂の御仏たちの御顔を仰ぎながら響いてくる彼女の声や、伴奏の音楽、聴衆たちの明るい反応に拍手を聴いていました。平和の時間に身を置けばおくほど、この星のどこかで繰り返される悲劇を思い。この幸せな時間と心がどうか、その人々へ伝わっていくようにと祈っている自分です。彼女の声は本堂を抜け、森を抜けてはるかに見える町々へと広がっていくよう。そして、本堂には立ち見もでるほどに、人々が集っているのでした。

(滋賀・石山寺)

龍神か涙か

前日のリハーサルの会場つくりの様子
 石山寺のコンサート次の日。京都、平安神宮でのパフォーマンス。そのゲネプロが夕方から始まります。ここは京都でも指折りの観光地。参拝客も半端ではありません。本殿の前に作られた特設ステージでのリハーサルは、午後5時半から。昼過ぎまでは晴れていたのに、車で向かうときには雨、それも時折、滝のように降って。このままではできないのでは。屋外の公演の場合は必ずこのリスクがつきまといます。スタッフも出演者も全員、待ちの状態。ステージには7〜8mの竹の柱を立てて、その間をモデルの我妻マリさんが私の衣装を翻しながら舞台上を歩くという設定。でも、雨。マリさんは「本番の前のお浄めね」と話します。まずはお参りして神様にここでやらせていただくことをご報告と感謝を祈ります。

 控え室では雨が止み始めたと、スタッフが怒涛のように舞台に集まり、音響、照明、オブジェのセッティングが始まります。足元は砂利のためにそれほどぬかるんではいません。が、それでも衣装が濡れることは心配で。結局、私も後見のような形で参加することに。Y.P.O.(YOUNG PRESIDENT ORGANIZATIONという、50歳までの企業社長による国際的な組織)の主催。実はこの企画は世界的なモデルであり、衣装デザインなども手がけていた山口小夜子さんが出演することになっていたのです。しかし、突然亡くなったために、急遽、親友の我妻マリさんにお話がきたのだとか。そして、そのときにマリさんが「衣装は時広さんのものを」といわれたそうで、今回の参加になりました。私がモードジャーナリストの時から小夜子さんはお知り合いであり、マリさんは私のコレクションにも参加していただいたことがあり、2つの作品集にも登場していただいています。その意味でも不思議なご縁を感じながらの今回のお話、心に感じるところがありました。さて、雨はまた降っています。そして迎えた24日本番の朝は雨も上がり晴れ間も見えていい感じ。午前午後と他の打ち合わせを済ませて、車で向かう昼過ぎから再び雨が・・・・。今度は終わるとも知れない雨。本番は8時半から、大鼓の大倉正之助さん、活け花の勅使河原茜さんも到着。大倉さんは「大丈夫、止みますから」と断言。そうはいってもこの雨。控え室で待っていると、スタッフから「7時半のぎりぎりまで待ってだめなら中止にします」と。演出家からは「時広さんに、衣装があめに濡れてもいいかどうか、聞いて欲しいといわれたとか」で別のスタッフが伝言を運んできます。もちろん、「大丈夫です!」私は平安神宮の神様に奉納したいと願っているのですから、よしんば衣装が使い物にならなくなっても構わないのです。

 と、8時過ぎ雨が小止みなったということで、それ!とばかり会場に向かいます。会員の社長たちやカクテルドレスを着た夫人達も、傘をさして会場入りしています。雨は止み大倉さんの力強い大鼓が神社の境内にまるで木霊のような反響を響かせている。やがて、マリさんの登場。白絹の巫女のような衣装に幻の藍と呼ばれる「甕のぞきの藍」で染めた光を含んだ淡いブルーのオーガンジーのガウンをはおり、夜風にふわりとなびかせながら、光と竹のオブジェの中を歩んでいく。その間わずか3分。

 控え室に入る頃には、再び強い雨が降り始めたのです。夢のようなというにはあまりにも短い時間。雨のために費やした膨大なエネルギーを思い、私は「誰一人願わなかったこの雨は龍神の技、それとも涙」と思いを巡らしていました。それでも、やることができたことが凄いと思うのです。丁度、同じ頃、京都の神泉苑でのイベントが雨で中止になって悔しいと出演予定だった笛の奏者から連絡をもらったのは翌日でした。今、思い返してみるとあのイベントで心残っているのは、華やかな舞台ではなく、雨の中、傘を買いに行ったり、私たちゲスト出演者の飲み物を運ぶために廊下の端のコーナーで、ずーとにこにこと笑って立っていた若いスタッフたちの姿だったり、この子達のためにも何としてもこの舞台をやり遂げたいと願っている自分を知ったのです。

 あの雨が止んだわけは、もしかしたら誰の目にもつかない、そんなことにも一生懸命につとめている彼らの純粋な心に、どこぞの神さまが応えてくれたのかも。今私はそんな風に思えてなりません。

(京都・平安神宮)