Shingo Tokihiroのおしゃれ旅情

第五十五回
弥生の移動中の日記から(散文)

島根県松江市・桐岳寺本堂に飾られた四季の衣装
 如月は、あっという間に過ぎ去って弥生はもうすぐ中頃にさしかかる。おわらない旅は今も続いています。2009年はこれまで以上に大きく動いているような気がします。出会う人もやってくる仕事もどこかスケールが大きな感覚。

 公私の境もなく動いていること。体力も心力も萎えてくる時も、旅に出ればそこに待っている様々な出来事によって再び力を与えられています。作品を残すのではなく、心の『かたち』を残そうとする作業。人ともの、歴史。それが地方の小さな町であれ、都市の有名なホールであれ価値は変わらない。出会いが“生業”ともいえる人生は衣装と同行二人。島根・松江のある地区の再開発プロジェクトで訪れる。この土地の人と歴史に捧げる衣装パフォーマンス。朗読の人村朱美氏、横笛の朱鷺たたら氏の両人を迎え、桐岳寺の本堂での披露する。そこではパフォーマーと共に衣装が調べになり、光になり、独自の世界を創造していく。

早春の福井の小さな港へふらり
 移りゆく風景を眺めながら、何回となく繰り返し問う『私』の存在の意味。20台、30台、40台、50台と年を重ねながらも、その問いは豊な響きをもってくる。永遠を知らない私が永遠に憧れカタチにしようとする傲慢と祈り。

松江市奥谷地区の桐岳寺本堂でのリハーサル風景
 列車は琵琶湖湖畔を走っています。ゆるやかな光は確実に春を帯びています。湖面の向こうに望む島も折り重なる山並みも靄の薄衣を纏って頼りない。このあやふやさが(春)なのだろう。

 太陽も月も踏みしめるこの星も消滅へ向かっている。私の人生は、彼らより少しだけ早く終わるだけ。消滅は『無』ではない。今は年を積むことが少しずつ衣を脱いでより自由になる気持ちになっています。

 こころは移り変わる風景と同じく、旅に出るたびに新たな山や谷や海や川、星空を私のうちに描いています。


(松江・新見・京都・福井の車中から)