Shingo Tokihiroのおしゃれ旅情

第五十七回
青嵐に乗っていく


中目黒の小さなアトリエで、恒例の持ち寄りパーティ。ホッとする時間です

「青蓮と月」の春の章の撮影で訪れたゆず沢の茶屋の敷地はカタクリの花が一杯に咲いていました
 一旦花がほころび始めると次々と開花の連鎖はつづいていきます。それは季節の神々に捧げる香華か連祷のようにも思えています。都会の公園や道端にもそれはやってきます。この旅情を書いているリリックのも緑の芳しい香りを身に纏った風が通り抜けていきます。仕事でもプライベートでも旅をしています。東京にいてもアトリエで、家庭で私は旅をしている気がします。

 自転車の後ろの席でコックリコックリと寝ていたわが子が、自転車のそばで走りながら、途中まで送ってくれて「おとうさん、いってらっしゃーい!」と、通りの真ん中でいつまでも手を振る姿に、子供の成長を思いやる。子供の成長と同時に私の心の旅も確実に豊な彩りを増してきていると、わが子に感謝するのです。ささやかであっても「家庭」をもつことが、何かを創造する人間にとって大きな意味を含んでいるようでなりません。もちろん、「縁」あってのことですが。


中空から吹き渡ってくる風は、正に薫風。(佐渡・花の木)
 いつまでも片付かないアトリエで、一つ一つ確実にこなしていくのではなく、あれもこれも手につけて、結局、フリーズしてしまうのは日常茶飯事。個人の限界を超えている!などと、自分を慰めながら、べそかきながらもやっていかなければならない仕事。誰も私の代わりはできないのですから。これから続いていく舞台の仕事は思えば、少し冷や汗気味ではあります。7月に私家版として出版する「青蓮と月」を編集しながら、ふと、来年は、再来年はこんな本を!などと考えています。


佐渡・長谷寺の牡丹は八分咲きの丁度見ごろでした。その日、初めて会った方に連れて行っていただいたのです。これもご縁でしょうか
 「時広は好きなことばかり、やっていて幸せだようね」と、友人たちも言います。そうね。そうです。それは何故でしょう。自分ではわかりません。携帯メールの「旅メール」はここのところ、少しお休みです。毎日のように時広の濃い世界を、ブログのように送られてきたら、余程の人でない限り、辟易しちゃいますよね。気をつけないと。

 朝、自宅からアトリエに向かう路地には、薔薇の花が咲き零れるように咲いていたのが、今は緑の葉も虫に食われてしまいレースのようになってしまいました。でも、また、10月には美しい真紅の花を咲かせてくれるでしょう。東京ではもうエンジェルトランペットが咲き始めて、甘い香りを放ち始めています。もう直ぐ、旅が始まります。花と人と見えない「縁」が織り上げていく心の世界。時には棘が紛れん込んで、少し傷つくこともあるけれど不思議に笑いに満たされています。


初めての小学校の運動会で、リレーに参加する姿を見て、大きくなったなと、この時はデザイナーでなく、一人の父親としての感慨がふっと湧いてきます
 人間は単純に一面だけではないと、今更ながらに深く感じ入るのは、この東京での追われない時間の賜物でしょう。これから、何があるか、起こるかわからない、誰一人。その意味では平等な私たちだから、楽しみです。次の瞬間も、未来も。このところ、節々が痛くなってきました。そんな時「あっ、このことかあ、おじいさんおばあさんが、言っていたことは」なんて呑気に喜んでいる私です。美しさも温もりも、全てを肯定していく度量の深さ。肉体はゆっくりゆるやかな坂道を確実に下り始めているのに、心は明るみの坂を夢のようにのぼっています。それを「カタチ」にしようとしています。もうすぐ、待ちに待った(梅雨)がやってきます!

(リリック 東京 5月)