Shingo Tokihiroのおしゃれ旅情

第五十八回
一つの旅の出会い


りゅーとぴあに隣接する白山神社境内にある 池に架かる藤棚の橋。緑響ともいうべき美しさ(新潟市)

ふとした偶然で造形作家の後藤信子氏に連れて行っていただいた豪農の館:北方文化博物館。何十メートルの接ぎなしの廊下の梁の杉。見事な回遊式庭園は5年がかりでつくられたとか。豪農の文化的な生活の一端を教えられた
 いつも旅をしている私は、東京に居る時間、アトリエで長い間仕事をしている時でさえ、イライラして旅を思い始めるのです。何故、そうなってしまったのでしょうか。賛美歌に[いと静けき港に着き、我は今やすらう・・・]という一節がありましたっけ。私のやすらう場所はどこなのでしょう。ふるさと?家庭?仕事の現場?いろいろと思い当たりますが、どれもとおりいっぺんの答えのようで。結果は、一人になれる場所でしょうか。では、アトリエは?確かにここに流れる時間も空間も私のものではあるけれど、それでは何か足らないのです。旅の途上では私は何者でもない。ただ一人の人間になっている。デザイナーでも、50歳を過ぎた男でも、父親でもない。一人の名のない人。それは、まさしく(自由)で、携帯電話の携帯の電源さえ切ってしまえば、全ての束縛から解き放たれるのです。だから、旅にいつも焦がれているのです。しかも、旅の先には待っている人たちがいる。


新潟りゅーとぴあ5階、能楽堂のあるフロアーから見える一風景

楽屋では「テンペスト」に出演する能楽師シテ方津村禮次郎氏に座り方を習うメンバー

照明を施した舞台の一部

この日は衣装とヘア&メイクを施しての舞台。メイクルームでは準備に余念がない
 6月の旅の1つに、新潟への旅がありました。出張なので、それだけをこなせば良いものを人の好きな私は、旅先の知り合いに電話しては約束を取り付けます。他愛のないはなしだったり、人生相談だったり、不満を言い合いだったりとバラエティに富んでいます。いつの間にか、まさしくいつの間にか、一年の内、2ヶ月は新潟や佐渡で過ごしています。常宿のホテルの周りの様子は、新潟の人より詳しいかもしれません。同じ場所に何度訪ねても飽きることがありません。行く度に知り合いがふえて、同時にお邪魔する場所も変化に富んでいくのですから。歓びのかずも広がっていきます。訪れたときは若葉の頃と梅雨の中日の晴れた日。両津港で初めて出会った方に長谷寺の今を盛りの牡丹を観に連れて行っていただき、別のひとに、秘密の美しい入り江に案内されて、まるで別の存在の旅計画にそって動いている、と実感するほど無駄のない出会いと時間。いつでも、どこでも一人。生まれる時も死ぬ時も一人。生まれる前の世界も、彼岸の世界もわからない。一瞬で命を奪われるそんな危うい世界にいきている自分たちだということを忘れるほど、この国はやはり平和なのだと思う。不思議に私の周囲にはスピリチュアルな世界に関心が高く、前世や4次元について確信をもって話す人たちが多いのです。「だって時広さんのデザイン画だって、考えようによっては自動手記でしょ」。私は答えます。そうね。そうかも知れない。そうじゃないかも知れない。私の人生の旅は、時代という恐ろしく凄まじい速さで流れる時間では、一瞬の光の煌きにもならない儚いもの。でも、生まれた幸せはしっかりと自分で確かめたいですね。その答えはこの世界を離れる時なのか。でも、私は今、幸せです。

(東京・リリック)