Shingo Tokihiroのおしゃれ旅情

第五十九回
東京days


小石川後楽園の緑の散策路

小石川後楽園の池の向こうに東京ドームの屋根が見える
 リリックの小さなアトリエで、新作のコレクションをしている途中から変調をきたし病院へ。結果は大事にいたりはしませんでしたが、改めて肉体の年齢を痛感させられたことでした。私の周囲の人たちは皆、時間の中を必死に泳ぐように、スケジュールをこなしている人たちばかり。私もちょっと、体調がよくなるとパソコンに向かって秋の舞台の準備したり、新作のパターンに布あわせをしたりして、少しもじっとしていられません。そんな折に、俳句の同人の勉強会のために上京した84歳の母親。


円月橋の前でポーズ(小石川後楽園)

強い夏の日も、ゆったりさせてくれた風にゆれる蓮池の様子(小石川後楽園)
 その送り迎えと滞在中のちょっとした時間を、一緒に過ごす。いつも、思うのだが、東京に居てもなかなか行かない場所を、母親の世話のために訪れることになるのです。今回も小石川後楽園・後楽園遊園地、日本橋、それからデパートへと。私の家族と観覧車に乗ったときに偶然にも、その夜は隅田川の大花火大会で二箇所から打ち上げられる花火を遠くに見ることができて、〔ラッキー〕な時間ももちました。翌日の句会でその花火を〔魚雷のような・・・・〕と詠んで、参加した人たち驚かせたとか。激しい夏の日差しが降ってくることに、母の体調を心配しながらも、葉裏を返しながら池を渡る風や、中国式の円月橋や滝の白糸の配された庭をゆっくり話をし巡る母の足は遅く、私の心は何故か、遠い思い出の中にいるようで。初めて聞く母親の若き日の恋の物語を聞いて、一人の人間の生きてきた時間の記憶の殆どは、その人の地上での終わりとともに消えていくのだなとしみじみと感じながら、母というより、〔生きる〕ことの貴さを感じていました。

ここに来るといつも腹立たしくなる。日本橋の真上に高速道路を通すという、美の感覚のかけらもない当事者たちに

後楽園の観覧車からみた花火(携帯から)
そんな折、二匹のアオスジ揚羽蝶が戯れながら飛んでいて、私は思わずシャッターを構え、絶えず動ている蝶たちに「どうか、お願いだからもっと近寄ってきて」と話しかけると、不思議なことにこちらの向かって飛んできてくれたのです。母親はその様子を見ながら「あんな不思議なこと初めて見た。」とえらく心に残ったようで、やはり俳句にしたようです。その時の写真がフォト&エッセイ集の最後に選ばれた写真になりました。体調を壊した息子と年老いた母親はおしゃれが大好きという点では共通項。翌日は買い物が大好きな母親の依頼で、老舗のデパートへ。

 「もう一人旅は止める事にした。」と空港で話す姿は、少し透明になった気がして、私の心に一瞬桔梗色の風がサァーと吹きました。老いることの現実と、ここまで生きてこれているという奇跡と重ね合わせながら、アトリエに戻り、いつものように新作の衣装のパターンひく私の耳に「ありがとう、おかげで楽しかった」の母のやさしい声が響いていました。

(女郎花月: リリック・東京)