Shingo Tokihiroのおしゃれ旅情

第六十回
ホーライ(季節の女神たち)の声、追いかけて


百日紅の花と大仏殿(奈良)

鴎とぶ新潟港(新潟)
 夏からこちら、季節の女神たちの歌う声を追いかけるようにどこまでも旅を続けていました。京都、敦賀、名古屋、新潟、佐渡、山形、大阪、敦賀、綾部。そして、長月が終わろうとしている今、リリックで10月舞台の準備に余念がありません。美しい季節の移り変わりを体感していくような旅は、久しぶりに東京の高層ビル群を目の前にして身震いを起こすほど私を自然の優しさに慣れさせてしまっていました。山も海も空も今までに感じたことのない香りを放って、都会では決して感じることの出来ない包容感をもって迎え入れてくれました。〔無条件〕とか〔無償〕という言葉をいとも簡単に人は口にするけれど、そんなに簡単なものでないことは経験上しっています。


毎夏恒例 鼓童アースセレブレーション小木港送り太鼓(佐渡)

鼓童アースセレブレーション、最後の特別フリンジ(宵のゆんづる)の衣装を着たメンバー。毎年衣装のイメージを変えています。今年が5回目
 秋間近の頃、緑からうっすらと金色になってきた稲穂ゆれる田園を吹き過ぎていく夕風に身を委ねながら、ゆっくりと解けていく心の奥の何かかたいもの。胸のすくような清浄の青い空から降りてくる何かを、受け取ろうと自然に両手は空へむけて広げていきます。

 打ち合わせだったり、ツアー同行したり、家族旅行だったり・・・・。忙しさのために人を信頼する気持ちが薄れていた期間でもあったかも知れません。裏切らない、誰にでも平等に接する、包み込む自然に救いを求めていたのかもしれません。

 舞台を創り上げて行く事の困難さは、今更いうまでもないのに、せっかちな私は一人で感情をコントロールできないでいました。自分の立場で相手を理解しなければと思いつつ、実は自分自身を理解してくれないことに苛立っている愚かさに気づいたのは夕陽の沈む佐渡海峡を船で渡っているときだったでしょうか。生きていることは何かしらの事情を抱えて生きていることは間違いありません。正直に書けば、この期間私は随分傲慢だったと思います。出会っても別れていく人、どんなに親しくてもその友情もたった一言で空中分解することも珍しくない。


田舎の夏休み(山形・庄内)

パフォーマンスの練習(佐渡・鼓童村)

穏やかな佐渡海峡

初秋の夕暮れ(新潟)
 フォト&エッセイ集「青蓮と月」は過去の2冊以上に色んな方たちから感想をいただいて、私らしい世界を素直に表現できること、それに共感する方がいることがどれだけ幸福なことか。


パフォーマンス稽古(佐渡・スタジオ PAL)

衣装合わせ (東京)
 新潟での二つのパフォーマンス「潮騒にかなたに聴く、母の声」佐渡・花の木、「月の浜にて、星を待つ」新潟市・りゅーとぴあ能楽堂のリハーサルも始まりました。皆が一堂に会するのは前日、それまでは個々に会ってパートごとに創り上げていきます。時広真吾という小さなデザイナーの夢に気持ちよく参加してくれるキャスト&スタッフたち。一人のパフォーマーが「時広さんはアーティストを絶対的に信頼しているから、頼まれた人間は一生懸命やるしかないのよ!」と話していたことがあります。「信じること、信じぬくこと」私にはそれしか出来ません。舞台の上だけの綺麗ごとでなく、表も裏も多くの心が調和してそれが力になって生まれてくる美の世界。それを私は自分が見てみたいのです。多くの困難が生じたとき、いつも私は自問します。〔このパフォーマンスは、本は自分の名を広めるため?有名になりたいため?自己満足のため?〕と。そうでないと確認したら再びその夢の実現に向かって走っていきます。

 自分の好きなものを自分の好きなスタイルで発表するコレクションを見て、ファッション業界の先輩が「あなたはデザイナーが理想としていることをやっているのね。」とも言われました。仕事には制約はつきもの。だからこそ、自分の主催の舞台には衣装デザイナーとして妥協のないものを創り上げたい。スポンサーもなく、共催も無いから純粋に時広の願う世界を、心通う人たちと創り上げる。目に見えない「心」が姿を現してくれると確信しています。

 今夜も東京の小さなアトリエで作業する私の元へ涼やかな夜風がカーテンを揺らしてやってきます。未来からのメッセージを携えて。

(長月 東京)