Shingo Tokihiroのおしゃれ旅情

第六十七回
訶梨勒(かりろく)色の秋の始まり


佐渡・小木祭り、御輿に先駆けてのお稚児さんの行列。親御さんやおばあさんがあれこれと面倒をみているのが、微笑ましかった
 長い夏に、もう飽きたのか、秋を待っていられないのか、夜にはもう虫たちの音が高い。今夏は気象庁も異常気象と告知するほどに猛暑がつづいてます。夕立を忘れた東京に、この前久しぶりに雨が降ったと思えば豪雨の為にあちこちでの被害の報が届いています。


佐渡・小木祭りの中日 夏の終わりを告げる花火大会。地方らしいのんびりとした花火大会です。写真は三尺玉
 このアトリエにも折々に、いろんな人が訪れてはその人らしい色の時間をお土産においていきます。懐かしい人、いつもの人、でも、共通点はゆったりとしていること。過日、一人の役者を目指す若者がやってきました。と、いいますか、時折、アルバイトをお願いしています。その若者に「子供のような20代のあなたの事を、50代の私が理解することはできない。」と話したときに、彼は「理解できないって、そんな風にいうのは珍しいですね。」と答える。舞台という共通の世界に生きる人間たちにとって、「年齢差」と言うことはさほど、重要でないのかもしれません。ただ、30年の年月を隔てて、育った環境も、時代も違う人間が、「舞台」という一点で、繋がって会話ができるということが、素敵なことだと思うのです。


佐渡海峡から直江津方面を望む。空には夏の雲


直江津から糸魚川へ。 懐かしい感じの各駅停車の車内

 これまで、何だか無理をしていた自分であったような気がします。年齢に関係なく、自分はそれを超越したところで生きていて、だから、若い者も、年上の人も、人間として理解できてコミュニケーションが自由に取れると勘違いしていました。好きな作家や、歌一つとっても、全く違う人間をどうやって理解できるだろう。彼らにとって、記憶の外の出来事をリアルに経験してきた者との考え方と必然的に違うのが当たり前。

 「無理」と、悟ったら、心の中の何かがストンと落ちて随分楽なりました。

 私のアトリエには、色々な人が、いろいろな分野の人がやってきます。老若男女。共通項は時広真吾というデザイナーが好きだという一点でしょうか。

 夏は、まだ、居座ろうともがいています。けれど、自然の摂理に逆らうことはできません。朝夕、涼風が吹きはじめました。

 リルケの詩、おひとつ

                秋

木の葉が落ちる 落ちる 遠くからのように
大空の遠い園夫が枯れたように
木の葉は否定の身ぶりで落ちる

そして夜々には 重たい地球が
あらゆる星の群から 寂寥の中へ落ちる

われわれはみんな落ちる この手も落ちる
ほかをごらん 落下はすべてにあるのだ

けれども ただひとり この落下を
限りなくやさしく その両手に支えている者がある

             富士川英郎 訳 彌生書房版・世界の詩より

 旅もポチポチ始まりました。長い夏は私を、少し成長させてくれたみたいです。訶梨勒(かりろく)色は、私のとって秋の始まりの色。優しくはんなりとした光を内にたたえたような。決して声高でなく、しっとりとまろい心持ちのような。重ねてきた時間が、輝きはじめた色です。わたしの口に「ありがとう」の言葉が戻ってきました。

 美しい仕事していきます。

( 東京  長月 )