Shingo Tokihiroのおしゃれ旅情

第六十八回
消えるもの、忘れること 迎えてくれる場所


10月22日 新潟市本浄寺で行われた「柳都の響き」に参加したパフォーマー(左から横山喜美子(筝)、本宮宏美(フルート)、小野沢裕子(朗読))の皆さんと
 10月、色んなことを考えました。別れあり、出会いあり、一人ということ。無理してきた人生かなと思ったり、恵まれた人生と考えたり。時間だけは澱みなく確実にさらさらと流れています。ある日、荷物が届きました。中身は「柘榴」。来年の作品集の為にどうしても撮りたかったモチーフ。豊穣・多産の象徴であり、柘榴の実の突先はソロモン王の王冠のモデルにもなったという伝説もあります。佐渡の友人が忘れずに送ってきてくれたものでした。

 再来年3月の新潟・糸魚川市で催す予定の音楽劇の為に赴いたときのこと。合併される前、青海町といわれた町のホールの?落としの市民音楽劇で衣装を担当しました。13年前のことです。その時以来、土地の人と交流を絶やさずにきたのですが、久しぶりに出会ったその人は私が送った手紙を今も机の中においていると見せてくれました。


徳島県、美馬市のうだつ(うだつが上がらないの語源になった)の町並み

新潟の美しい朝が、私の55回目の誕生日を祝福してくれました。

7年ぶりに再会したクアラルンプールでのスタッフ
 7年前、スタッフ塾というプロジェクトでマレーシアのクアラルンプールを訪れました。やはり、そこでもその土地の人と交流を続けてきて、2011年2月にクアラルンプールのパフォーミング・アートセンターで海外で初めての衣装展とワークショップのプロジェクトがすすんでいます。

 順調に仕事がすすんでいるように思えるかもしれませんが、私の最大の今の課題は、「自分の中にわずかしか存在しない、思いやりをどう育てていくか」なのです。

 すべてが嫌になることがある。自分よりも悲惨と思われる他人を見て自分の恵まれ度をはかり、小さな自己満足に浸ろうとしてまた落ち込む。そんな自分が嫌で。

 「素」の自分の姿がわからなくなって混乱しています。

 折に触れ、私はこの「おしゃれ旅情」を何度も読み返しています。常に希望に変えていこうとする自分。落ち込みながらも何かを信じようと必死になっている自分の姿があります。ささやかなこの世の価値観への抵抗のように感じられます。夢を語り、実行していこうとする自分に出会います。


佐渡の友人から送られてきた石榴を早速、撮影
 時は流れは変わらないのに、一瞬、一瞬が、徐々に重い意味を含んできます。父親や母親も通った道です。何を信じて生きましょう。信じられるものってあるのかしら。心は迷いながら、それでも、不思議にデザインは降りてきて、新しいドレスが次々と生まれてきます。悩んでいるのにクリスタルを繋ぐ手は迷い無くチベットのアインティーク、ヴェネチアングラス、ハンガリーの花玉、中国の陶玉、インドの古ガラスと組み合わせては一つの世界を創りあげていきます。そして、感動するのです。

 いつも、幸せ?と自問自答しながら、世界と繋がっていたいと願いながら自分の創作はつづいてきました。嘗てのプロデュースした舞台やパフォーマンスを観ながら、いつも必死でやってきたなあという実感が湧いてきます。決して「媚びない」信条は守り抜いてきた自負はあります。現代美術のプロデューサーから「私の出会ってきたアーティストの中でも、あなたはスーパー自我が強い。でも、それはいいことなのよ。」といわれたことを思い出し苦笑い。

 難しい衣装、強すぎる衣装とも評されるけれど、時広のオリジナルの発想を使いたいという大物が、この世界にいると信じて今日も旅しています。

(11月 東京)