Shingo Tokihiroのおしゃれ旅情

第七十三回
忙しい国

6月12日下関での美の種を終えて、打ち上げの会場を去るときに見上げた海峡メッセ
 6月なのに、30度を越す猛暑日が始まっています。ロンドンに住んでいる友人に電話したところ、「こっちも暑いわよ」との答え。加えてこの国は、3月11日の深い傷が癒える間もなく、これまで経験したことのない危機的な状況に、心一つにして立ち向かい乗り越えていくのか、批評、批判だけの烏合の集として、この小さな国の人々の心に温度差が広がり流されていくのでしょうか。

久しぶりの実家で、玄関に飾ってあった小物たちに、何故か心魅かれて
 「早く、早く」の言葉を毎日耳にする日々。私の周囲も「忙しい、時間がない」という人々に溢れています。命に直結することから、家事や日常のことで、あるいは仕事で・・・・。私自身はアトリエにいて、ぽかんと空を見ています。地上のことは無関係に夏の空は青く、雲はゆっくり流れています。

 100年後、この国はどうなっているんだろう。1000年後、世界はどうなっているんだろう。

最近、別の友人と昨年暮れに亡くなった友人の話題になり、「そうか、彼は震災のこと知らないで死んだんだよね。」と、しみじみ話したものです。この言葉、「知らないで」。大戦知らないで、戦後の飢餓の時代を知らないで、原爆知らないで、高度成長も、バブルもその後の不景気も知らないで、・・・・・。

山口県宇部市は野外現代彫刻展を全国に先駆けて始めた街で、街のあちらこちらに、現代彫刻が点在している
昭和30〜50年代までは、町のメインストリートであり、当時、いち早くアーケードを取り入れ、休日ともなると人々でごった返すほどに栄えていたが、今は文字通り「シャッター通り」となり、昔日の面影はない。だが、昔を知らない若者たちが何か出来るのではないかと、少しずつ注目し始め、これまでとは違うかたちで蘇らせようとしている

 知らないことが幸せでもあります。同時に、知ることで幸せになることも。世界がこんなにも、東洋の小さな国を応援してくれていること。こんなにも世界と日本が繋がっていたこと。自分を優先せず、他の為に行動できる人がこの国にこんなにもいること。を、知った私は多くのことを教えられました。

 ある人は、歴史は多くの人間たちではなく、数少ない義人と呼ばれる人間たちによって繋がれてきたといいます。

 火事場泥棒という言葉の如く、美談だけではない現実が、私たちを苦しめます。それはいつの時代も変わらずありました。清濁美醜混ざりながら時間の奔流の中で「終わる生」を生きている私たち。かつて亡国とか、終末とか、末世といった語が飛び交う時代がありました。しかし、人々のからそのような言葉は出ません。価値観が変わったのか、危機感を忘れたのか。それ以上に希望的に生きようとする思いが強いのか。むしろ「未来のために」と人々は言います。今を生きる者の責任・・・ですか?

 わからない。全ては何もわからない。だから、生きていける。
パトカーや救急車のサイレンが鳴り止まない、時間に追い立てられるこの街で、リリックという空を仰ぎ、自分を考えられる時間と場所が在ることを感謝しています。変わらず美しいものを赦される間は創り続けていきます。

リリックにて:東京