Shingo Tokihiroのおしゃれ旅情

第七十六回
小春日和と母と息子

山口県宇部市宗隣寺の龍心庭にある池
宗隣寺の庭を眺める縁側で句想をねる母
 故郷、山口県の宇部で、2回目の美の種を無事に終えて中学生の頃よく行っていた宗隣寺へ母と二人で訪ねる。築山泉水庭で「龍心庭」と呼ばれている庭は国の名勝に指定されていながら、訪れる人は少なく鳥の声だけが聞こえる。何十年ぶりかで訪れた境内は、とても整理されていたが、かつて、庭にせり出していた部屋は、今は時の流れに無残にも崩れていた。庭に面した縁側に座り、秋の陽射しを受けながら、俳句でもひねっているのか、母の姿はとても優しく見えた。そして、年老いていた。金木犀の香り、梢を渡る風、軒下にゆれる金色の蜘蛛の巣。山里に庵をむすんで住みたいと、少年の頃から思ってはいたが、この歳になって、世の面倒なことから離れて生きたいと願っても、全てが管理された現代社会では、遁世などは夢のまた夢と知っている。帰りの道すがら歩みの遅くなった母を振り返りつつ、曼珠沙華の群れ咲く道を少年になって歩いていた。

 人の出会いには賞味期限というものがあるのだろうか。この一ヶ月。あれほど親しかった人々たちが訳も無く縁遠くなって。人の心の移ろいを強く感じている。そんなことは昨日今日に始まったことではないにしても、人間は「飽きる」と、深く感じるのは、秋、のせいだろうか。ある方が私に言いました。「最初はいいの。でもね。もう上の段階に来ていて、これから、もっと伸びていくのに、低いレベルの人と付き合ってちゃ、あなた自体が低く見られるんだから・・・・・。伸びないわよ。」

新潟県上越市高田で開催された秋恒例の「花ロード」の一環で、旧第四銀行後のホールに飾られた衣装。時広のトークと市民参加のファッションショウが行われた。 撮影に行った裏磐梯の秋
 こちらから、距離をおいていく人。向こうから距離をおく人。「先生が、私たちみたいな人間と付き合って下さっていることが不思議なんですよ。いいのかなあ、私たちみたいに、何にも知らない人間なのに。」私は自分の価値観に従って人と付き合う。それを相手がどう感じ、どう行動にでるかは、その当事者が決めること。流れる水は止めることが出来ない。人も変わり、私も変わるのだから。  「くるものは選び、去るものは好きなら追いかける」が、私のモットー。それが徒労に終わったことは何度もある。それでも私は悔いていない。ちょっと、苦笑いをするだけ。

 海外からの仕事の依頼がふえてきている。同時に青蓮へのリクエストも増えている。衣装デザイナー、写真家、詩人、パフォーマーとして、立体的に自分の世界を表現できる私は幸せなのだとおもう。地震も、洪水も、温暖化も飢餓も、不治の病も、民族間の争いも連綿とつづくこの星の悲劇が必然なのかどうか。誰も答えを知らない。あるのは生と死。そこに美の入り込める余地があるだろうか。

私の誕生日に届いた40本の薔薇と10本のカサブランカ
 日本は今、美しい夕焼けの季節。それは終わりの美しさではなく、巡り来る新しい一日を祝福するアカである。目を閉じ、つぶやいてみる母の言葉。

       迷ったときも
       立腹のときも
       嬉しいときも

       深呼吸

 笑えるときは笑い、泣くときは泣いて、怒るときは怒り、感情をもった人間として素直に生きて生きたい。

 10月23日。56歳の誕生日。想い出に生きる人生ではなく。まだまだ、未来へ、前を向いて生きている私である。

(リリック・東京)