Shingo Tokihiroのおしゃれ旅情

第七十九回
光のように駆け足で

ギャラリー マイルストーン(富山市)で開かれたShingo Tokihiro スタイルエキジビション
 前回も3ヶ月ぶりのおしゃれ旅情でした。今日は2012年8月14日。お盆の中日です。帝都は風強く、地域によっては大雨のおそれもあるとか。この3ヶ月も色々な場所へ行ってきました。そして、舞台創りに関わってきました。

 一つの舞台を創りあげていく途上の苦難と喜びと励ましと自信と不安。反発と一致。それこそ、ドラマのように展開しながら、初日を迎えます。観客の大きな拍手と声援で、全てが解けていき。笑顔が戻ってくる。

新緑の東光寺(萩市)
のどかな田植え風景(佐渡)
 作品集「美し男たち/青蓮・預言」の出版。美の種IN下関、宇部のパフォーマンス、マレーシアのミュージカル「Paper Crane」と、年間の舞台のいくつかを乗り越え?!てきて。今はまだ、その舞台の余韻を噛み締める余裕も無いまま次に待っている舞台の準備をしています。

 それでも・・・。こうして、おしゃれ旅情をしたためることが、ホッと心の息抜きにもなります。いつまでも、変わらないホームページを眺めながら申し訳なく感じつつ、目の前に迫った仕事に追われてきました。


KLPac制作「Paper Crane」から
KLPac 劇場ホール このクアラルンプールのあと、ペナンへ巡演する。
 何だか、日本の抒情歌が聴きたくなりアトリエに流れています。「城ヶ島の雨」「野薔薇」「ちんちん千鳥」「からたちの花」など。北原白秋、三木露風、美しい日本語とゆったりとした調べ・・・・。時折、私も時代がかってきたかな・・と、正直感じることがあります。

 メディアに登場する顔ぶれは、とうに知らない若者たち。音楽も60〜80年代のポップスが見直されているけれど、それは彼らにはノスタルジーを感じるのではなく、新鮮なものなのでしょう。

 最近の仕事の依頼は、「時広さんの世界でいいです。」と言われます。「私の世界ってどんな世界?」私自身も答えることができないのです。あるがままの世界ということでしょうか。人は「よそには無い」といいます。  衣装デザインだけではなく、演出も多く頼まれるようになりました。

 舞台裏では、不平と不満が激しくやりあい混乱と分裂の状態ながら、舞台上ではうまく収まる。仕事だから。私はそういうのは嫌いです。美は調和。舞台裏がキャストもスタッフも心が一つになって、その思いに押されるように舞台へ登場し、素晴しいパフォーマンスを観客に魅せる。それが私の好きな舞台です。私は美しい舞台を創りたいと願っています。実際には現実の生身の人間たちが作り上げるのですから、色々とあります。

私の衣装をきた主演のメンバーたちの写真がホールのエントランスに。
巨大なシヴァ神の像があるヒンズー教の寺院。急な階段の上に鍾乳洞の中に社があります。
楽屋でプリンシパルたちとスナップ。
 それでも・・、私は信じています。美の力。その人の本当の美しい心引き出してくれると。人は助け合って始めて自分の存在の貴さを知ると。

 先回にも書きましたが、フェイスブックをやっています。最近、以前ワークショップをやったベトナムの学生からアクセスがありました。私は辞書をひきひき、たどたどしい、時には平気で間違った英語で返します。

 そう、マレーシアでもキャストやスタッフから「Tokiさん、何を言ってるかわからない。」と、よく言われました。私はそれでも(衣装)という別の言語で、何とかくぐりぬけました。演出家も打ち合わせのとき「Tokiさん、ちゃんとわかる」と心配してくれます。でも、不思議、火事場のバカ力というのでしょうか。集中してくるとわかるもんなんです。通訳がいると逆に、お任せになってコミュニケーションが取れなくなってしまいます。

 英語も出来ない。勝負は衣装の発想とどこにでもするりと自然にはいりこめるこの性格でしょうか。国内でも海外でも同じです。

 舞台が終わればそれで終わり。ではなく、仕事関係なく続く限り、友情は続けたい。マレーシアも8年ぶり、10月の徳島県吉野川市は3年ぶり、2012年3月の新潟県糸魚川市は9年ぶりと。一度、出会ったらその出会いをいつまでも。このことがある日花咲くこともある。期待はしていません。

 一番厄介だけど、やっぱり、人間がすきなんです、ね。

(八月・東京)