Shingo Tokihiroのおしゃれ旅情

第八十二回
心の彷徨と旅への憧れ と これからのこと

第4回美の種IN宇部の会場となった宇部常盤公園湖水ホール
スタジオ前のビルで工事する人
 今年は空梅雨なのだそうだ。旅から旅へとつづく毎日で、折々に感じたことはあっても、しみじみと深呼吸のように季節を感じることなく日々は過ぎ去っていく。

 これほどまで、海外を含め旅をしていながら、解放された旅というものを一度も経験したことが無い気がしています。必ず、仕事がついてくる。それは普通のことなんでしょうか?テレビで盆、正月に帰省して「ふるさとでゆっくりしてきました。」などとコメントしている姿をみると、羨ましいなあなどと思う。

 知らない街を訪ねてみたい どこか遠くへ行きたい

というセンチメンタル歌詞を、今も見果てぬ夢のように口ずさんでいる。全てから解放されることなどあるのだろうか。人は何かしらの束縛をうけながら生きていくことが運命でもあろうか。

 黄金週間の晴れた日に、鎌倉に家族で訪れました。ふと思い立ち念願だった七里ヶ浜海難事故現場を探したいと思いました。なかなか見つからず、諦めながら海岸沿いを歩いていたときに、偶然にその場所に出くわしました。

リリックで友人との食事会
故郷宇部の夕暮れ
 真白き富士の嶺 緑の江ノ島 から始まる「七里ヶ浜哀歌」は、

明治43年、ボートに乗っていた逗子開成中学校の学生が命を落とした海難事故。12人全員の遺体を見つけたときに、互いが庇い合い、特に兄が幼い弟を脇に抱える姿で見つかり、兄弟愛、友愛の素晴しさに人々は改めて涙した。

 賛美歌のメロディに歌詞をつけたこの歌が、いつの頃から私の心に深く沁みこんでいて、私のプロデュースする(四つの花の会)の舞台でも、このエピソードを盛り込んだほど。

 記念碑はあの兄と弟の像が寄り添い、兄は自分たちの命を奪った海に挨拶するように、明るく大きく手を振っている。この日は晴れ渡った空と強い風にうねる煌く波の海とゆったりと湾曲する水平線。どこにも悲惨な事件を思わせるものはない。

 数十年願った場所にやっとこれた、来ることができた深い感慨と深く祈りを捧げることができることに感謝したのです。鎌倉へ向かう道すがら、波打ち際をあるくわが子の姿が、いつの間にか少年らしくなった姿に、これから、出会う数多くの困難を、どうか、見事に越えて欲しい。そんな親らしい気持ちで息子を眺めていた。

 いつもは高らかに美の力を標榜しながらも、時には心が折れそうになることもある。理想と現実の狭間で誰もがぶつかる葛藤。それをどう越えるか。解放は、それを超えなければ訪れないことを知りながらも、曇天の空を呆然と眺めながら、軽やかな旅に憧れる自分がいる。

(水無月 東京)

緑濃い和歌山城
東寺の五重塔
島根県斐川の友人宅
 梅雨が明けました。

 途端に各地では猛暑、夕立ではなく、スコールのような豪雨と雷時には竜巻。今や日本は亜熱帯ではないか。そんなことを思わせる天候です。

 リリックでの催事と、秋に4箇所の美の種と1箇所の四つの花の会、古事記に関する舞台などなどの演出やら構成やら、衣装プランやらときりのない終わりのない日々を過ごしています。

 もうすぐ、長い打ち合わせの旅が始まります。準備、片付け、何から何まで一人。時にフラストレーションとストレスが溜まって、何処かへ飛び出したくなる。

 「一人は楽でしょ?」「自分で選んだんでしょ!」確かにごもっとも。しかし、人間ってそんなに理屈どおりにはいかないんじゃなかなあ。

 人のことはどうでも言える。自分に優しく人には厳しい、あるいは無関心。それが基本だと思う。善人、まして聖人といわれる人たちも葛藤しているんじゃないか。100%善なんて人にお会いしたことないし。

 イエスキリスト、仏陀。実際に会ったらまた違った印象をもつかもしれない。とても神格化、伝説化されているけれど。はばかりにも行けば、体臭もあっただろう。それでも世界を変えていく何かをもって生まれた人とはどんな人なんだろう。

 この世界は、知れば知るほど、そんなにいい世界じゃない。穢れた世界であれ、罪世界であれ。生きていることだけでも、思えば凄いことなんだと。

 お蔭様で、さまざまな土地を巡り、様々な人、現場に出くわして着ました。もういい加減、静かに暮らしてもいいのではないか。と、もう一人の自分が最近顔を出します。なのに、もう一人は構わず、次々と仕事をつくり企画しては、私を休ませようとしない。

 家族があっても、旅に生きる身。その旅先で何かがあってもそれはそれでいいかなと、最近、腹をくくりはじめた時広です。

 旅を前に、億劫さと浮き浮きの狭間で目の前の山積みの仕事している時広のリリックDaysです。

(7月・東京リリック)